瑪瑙の庭

web物書き、大久保珠恵(おおくぼたまえ)の創作ブログです。主に自作小説のことを書いています。

鉱物女神の言うことは~石長姫と石についてのあれこれ~

 こんにちは。

 

 さて、こちらの記事で、私が鉱物好きだということは申し上げました。

 

tamae19.hatenablog.com

  いやぁ、石、良いですね。

 日本神話には、ネガティブな神話を持たされておられますが、何故か不思議な存在感のある、石の女神「石長姫命(いわながひめのみこと)」がいらっしゃいます。

 かの神に絡めて、石と鉱物についての語りなど、してみたいと思います。

 

 さて、石と申しましても、様々にあります。

 普通に河原で見かけるような石から、宝石質の石、希少な成分の石まで。

 石というと灰色のイメージの方が多いかと思いますが、実際には様々な色彩や質感の石があって、見ているだけで飽きませんよ。

 ただ、あんまり色がきれいな石だと宝石に分類され、庶民にはそう軽々しく手出しできないような値段設定になってしまうだけでして。

 

 ただ、今はネットで色々な石の画像を拾えるので、良い時代になりましたね。

 こんな感じのページをご覧いただけば、私が石の美しさを力説する理由がお分かりいただけるかと思います。

matome.naver.jp

 

 石、というのは、存在感があります。

 通常の「生物」とは違った「存在の分厚さ」みたいなものがありますね。

 例えば、動物だと長くて二百年くらい、植物でも数千年くらいの寿命ですが、石となると「存在している時間」が桁違いです。数億年、数十億年の世界です。

 その辺の小石にも、とてつもない時間が凝縮されている訳でして、「存在の重み」が違います。

 普通の石でもそうですが、宝石類となると、その存在の密度に「美しさ」まで乗っかるので、もう、生臭いだけの生き物風情では太刀打ちできないような気になりますね。

 

 そもそも「石」というのは、この地球という惑星の破片な訳です。

 せいぜい何十年しか生きない動物から生まれたその子供や、他の生き物にかじられればそれでお終いの種だの胞子だのから生まれる植物とは、やはり背景的にも違います。

 我々とは存在できる時間の尺度が根本的に違う訳で、石の女神・石長姫命が永遠を司る女神であるのも、当然の帰結です。

 並の生き物からすると、永遠に思える時間をかけて、石はこのような美を生み出します。

 

不思議で美しい石の図鑑

不思議で美しい石の図鑑

 

 

 日本の国歌が永遠を寿ぐ歌であるというのは、有名な話かと思います。

 古い神社には磐座(いわくら)が祀られてたりしますし、古い文献には「常盤堅磐(ときわかきわ)」という賞賛の表現が出てきたりしますしね。

 永遠を秘めた石の神秘性っていうものが好きなのは、日本人に限らず人間だったらかなりの割合でそうなのでは、と思う訳です。

 単に美しさを愛でるため、場合によっては権威を表すために、宝石なんかで身を飾ったりしますしね、人間。

 誰もが永遠の側にいたいのではないのかな、人間は。

 自分たちが儚い定命の者だと分かっているので、永遠のものを側に置いて、全てが消え去る訳ではない、ということを感じたいのは自然な感情だと思います。

 

 石以外にも、永遠を感じさせるものはいくつかあって、古代の人間にとっては「星」なんかがそうでした。古代の執念を感じるような天体観測の結果、などというものは、世界のあちこちで記録され、残されて今の我らに感銘を与えますね。

「星」の語源は「火石(ほいし)」、つまり「燃えている石」だということを聞いたことがあります。

 そういえば京都で「星」を祀る大将軍神社には、石長姫命を祀るものがあるそうですが、やはり古代の人々は「石」と「星」は結びつけていたのですかね。その辺り、壮大なロマンを感じますね。

 

 通俗的な表現として、星と宝石を結びつける言い回しがありますが、確かに星の写真を見ると万色に輝いていて、宝石と表現するのは誇張ではないと感じますね。

 天然石を扱う店舗や展示会場なんかに行きますと、その美しさ多彩さに何となく宇宙を感じてしまいますが、そういうものを感じさせてくれるのが、石の魅力でもあるかと思います。